それぞれの部屋・場所別の風水・家相

部屋の家相

 

人にはそれぞれ個性があり、適性も違います。また年齢や役割によっても、やるべきことが違うものです。それは家庭の中だけではなく、仕事でも学校でも言えることですね。そうすると、やるべきことをやりやすいようにできる場所選びが、重要になってきます。場所にも個性があり、適性があります。どこでも同じというわけにはいきません。玄関にふさわしい場所、子供部屋にふさわしい場所、夫婦の寝室にふさわしい場所、というものがあるのです。

 

 

★玄関の場所

古来、玄関は、「人と財を招く」と言われ、家の中に気が入ってくる場所として、非常に大切とされています。何をさておいても、吉相にしなくてはいけません。玄関ばかりでなく、門の位置も大切です。つまり、敷地の入り口です。そのために、「東南」と「北西」が一番とされ、お城ではそれぞれを巽門(たつみもん)と乾門(いぬいもん)として、入り囗を設置しています。昔の江戸城、現代の皇居もそうです。東南は家運が向上し、北西は家主の権威が増強されます。長く続く商家にも、この場所の玄関が多いとされています。つぎにいいのは、朝日の昇る「東」、または太陽高度の一番高い「南」が、気のパワーにあふれ吉です。収穫の秋を意味する「西」の玄関も、小吉といえます。

 

さて、玄関がいい場所になっても、安心してはいけません。道路をはさんだお向かいの家の玄関と向かい合うのは凶相です。マンションやアパートなら、廊下を挟んで玄関が向かい合うのはいけません。また、大きな木や電柱、鉄塔が真正面にあるのも凶相です。また道路が直進してくる場所もいけません。それが上り坂ならともかく、下り坂なら、なおいけません。そういう場所は、あえて避けましよう。

 

 

★子供部屋の場所

親からしてみれば、子供は希望の星ですね。すくすくと元気に育ってほしいものです。そこで古くから、朝日の昇る時問、季節は舂から初夏、それゆえに成長を意味する方位、「東」と「束南」が一番とされています。つぎにいいのは意外にも「北」で、ここは静寂そしてパワーの蓄積を意味し、十二支の「子」の場所でもあります。勉強するにも適していると言われています。実りの秋を意味する「西」も、小吉といえます。いずれの場所も、子供にとっては大切な意味を持っていますね。

 

意外なのは、「南」はあまりよくないということです。元気すぎて、勉強をしなくなると言います。小さいうちはまだいいのですが、小学校の高学年になると、良くないとされています。ただし、ここで問題があります。一人っ子ならまだしも、子供が三人ともなれば、いい場所がなくなるということです。一戸建ての場合は、二階のすべてが候補になりますが、マンションだとすべての部屋がワンフロアに納まっています。そして東南は食堂や居問がありますから、残る候補は東と北だけになります。引越しする前に、よくよく考えておかないといけませんね。

 

 

★主人の場所

古来、「北西」が一番とされ、それゆえにお城では天守閣を設置しています。またこの場所は、運気が入ってくる場所であり、「龍が水を飲みにやってくる」方向と言われています。反対方向の東南に水があると、龍(運気)が家の中を通っていくと言われています。あるいは、家の「中央」もいい場所です。この世の中で、真ん中が大切ではないものはありませんから……。ただし、実際問題として採光や通風に困りますから、窓のないど真ん中の薄暗い部屋というよりも、中央の範囲に入っていることが大切、と思ってください。

 

つぎにいいのは、「東」、「東南」または「南」が吉です。家庭よりは仕事に吉となります。また、南以外は子供部屋にも適していますから、ここは子供部屋にゆずったほうが良さそうです。静寂を示す「北東」も、落ち着けるので小吉といえます。しかしここで、問題があります。一階の北西がもっとも主人の部屋の吉凶いいのに、その場所がトイレや浴室になっているケースです。そういうときは、せめて二階の北西の部屋を確保したいものです。また、この場所が「欠け」ていると、家の中で主人の権威が落ちるものです。

 

 

★主婦の場所

古くから南西が一番とされ、家事コーナーや趣味の部屋を設置するといいとされています。ここが欠けていたり、居心地が悪かったりすると、家にいるのがいやになります。またここに夫婦の寝室があると主婦の力が増し、かかあ天下になると言われています。しかし、主婦にとって南西がいいからといって、台所を配置しては絶対にいけません。それとこれとは別の話です。南西は主婦の場所ですから、ここを定位置とする二黒土星が、会社でも家庭でも女房役にぴったりと言われる由縁です。ただし、南西は家庭に入った年齢の女性にはいいのですが、若い独身の女の子の部屋を持ってきたりすると、嫁に行けなくなると言われていますので、注意してください

 

 

★両親の場所

高齢者と同居する場合、誰しもいい場所にある部屋にしてあげたいと願うものです。激動期を生き抜き子供を育ててくれた両親に、ゆっくりと快適な老後を送ってもらいたいと思うのは当然ですね。しかし、避けないといけない場所が三つあります。ひとつは「北」で、囗当たりがなく冷え込み、健康によくありません。これはわかりやすいですね。また、意外に思えるかもしれませんが、反対の「南」は日当たりが良すぎて落ち着かず、よくないと言われています。病院の病室でも「過剰な日当たりは良くない」といわれています。最後に「北西」は、そもそも主人の場所なので、高齢者には荷が重過ぎるし、発言力も強まり現在の当主とも折り合いがうまくいきません。
そうなると、一階の東や東南がもっとも望ましいと言えます。ただしここは、子供部屋にも適した場所なので、二階の子供部屋が、高齢者の上に来ることが考えられます。そうなると問題です。早寝早起きして静かに暮らす高齢者と、遅寝遅起きで音楽をがんがん聴く若者では、落ち着いた環境とはいえませんね。そこであえて、上下階をずらす必要が出てきます。

 

 

★神棚と仏壇

これらの存在は、大を育てる意味でも大きいといえます。神仏を尊び、祖先をお祀りすることは、大切なことですね。親のそういう習慣は、子供も見習います。そこから、自分ひとりで生きていないことを学び、感謝することと謙虚に生きることを学んでいきます。情操教育にも欠かせないことだと思います。そして、代々繰り返されることによって、家の安泰につながるのです。不思議なことに、仕事で成功したり幸せな生活を送ったりしている人の家には、たいてい両方がそろっているものだし、みなさん神仏を尊んでいます。つまり、見えないものの大切さを、それを軽んじることの恐ろしさを知っているのです。このことは、風水にも通じるものです。

 

さて、神棚と仏壇は、まったく違うものです。仏壇は祖先、つまり大をお祀りする物に対し神棚は大よりも上位にある神様をお祀りしています。ですから、仏壇は低い場所で、神棚はそれよりも高い場所でないといけません。またそれゆえに、できれば別の部屋にしたいものです。そして、人の集まる大切な部屋に置きたいものです。ただし、その上に二階があり、歩いて踏むような場所は、絶対に避けないといけません。また、それぞれの正面が、東から南の範囲を向くようにしたいものです。昔の日本では、神棚は家の中心にある居問(茶の間)に仏壇は家の中の最上位の部屋である、座敷に隣接する仏間に置いていたものです。

 

 

★床の問

日本古来の伝統が今も続く和室の中にあって、代表的な存在が床の間です。ここには季節の飾りをはじめ、掛け軸、いけばなで飾られ、家の格式をあらわす場所としれ、上座として、一番偉い人がその前に座る場所でした。大工さんにとっても、腕の見せ所だったのです。つまり、風水にとって大切な、いつも「清潔に保たれた、美しい空間」がここにあるのです。当然そこには、清涼な気が宿るはずですね。伝統的な和室では、畳の上に家具も置かなかったくらいですから、整理整頓ができていた場所だったのです。小さな子供が立ち入ることも、制限していました。そこでは、情操教育にも役立ったはずです。しかし最近ではその習慣もなくなり、和室はつくっても床の問がない家も多くなりました。あったとしても、仏壇やテレビを置いていてはなんにもなりません。日本の文化として継承したい床の間は、ある場所によって、その場所の持つ意味を強めます。

 

 

★子供部屋

アメリカなどでの華僑の成功のパターンには、儒教的発想の中に、資本の蓄積に結びつくものがあるようです。たとえば、華僑的発想では、個人で稼いだお金は一族縁者で共有すべきものなのです。そして重要なことは、「稼いだお金が一代で終わらない」ということなのです。そのためには、まず中国の郷里の人たちが、海外に出て働く人にお金を貸し与えます。海外に出て華僑となった中国人は、働き詰めに働いて借金を返し、運の良い者や能力がある者は貯金に成功します。

 

そしてその華僑初代は、余程の大成功を収めない限り生涯を通じて贅沢を慎み、余ったお金をある程度の額になるまで貯金したり、子供たちの教育に投資したりするのです。華僑二代目は、苦労してきた親父を見て育ちます。だから一生懸命勉強し、高等教育を受け、身につけた知識や技術で初代の仕事を助け、発展させます。そしてさらに余剰資本が生まれれば、やはりそれをその代で使い尽くすようなことはせず、次代にまわすのです。これが華僑的な資本の蓄積であり、家族主義的な発想をする儒教の教えなのです。ひたすら一族縁者のための、資本の蓄積といえるでしょう。

 

「過ぎたるは、及ばざるか如し」ともいいます。家は大きければいいというわけにはいきません。大きな家に独りぼっちで住んでも、寂しいばかりで活気がありませんね。むしろ、小さな家に大人数が住むほうがいいのです。古くから風水でも、「小さな住宅に多くの家族」は吉として、数少ない繁栄の相とされています。逆に、「大きな住宅に少ない家族」は、凶とされています。日本も古来、そういう大家族の時代がありました。そんな中で、親は子へ、子は孫へと知恵や習慣を伝達して生きます。そして文化や芸術までも伝えていったのです。現代のような、核家族、少人数では不可能なことです。どちらがいいか、言うまでもありません。

 

 

家というものは、各国によって、その国の文化と芸術の宝庫のはずです。ところが、囗本の家には文化がなくなりました。もちろん、芸術性もなくなりました。新しい団地を見てみますと、アメリカ風、イタリア風、フランス風、海外文化のオンパレードです。その結果、外観も間収りも複雑なものが多くなりました。これは日本の風土に合っていません。「シンプルーイズーベスト」、「レスーイズーモアー」、単純が一番です。

 

古来、日本の家というのは、間取りは「田の字型平面」と言われるように、単純明快。外観も、増改築を繰り返さない限り単純明快だったのです。仕上げ材料も、近くの山から調達できる自然素材です。木、土、竹、そして紙でできていたのです。そんな空間には、良質の「気」が宿ります。滝にマイナスイオン、森林浴というように、自然界にも良質な「気」が満ち満ちています。ところが近年では、豪華絢爛な海外の豪邸や、デザインにあこがれる人がたくさんいます。規模は小さいのに、さまざまな工業製品や材料を使い、色々と飾り立てしています。そして壁で細かく仕切り、エアコンの生活です。これでは、良質な「気」は宿りません。自然界には良質な「気」が宿りますが、人工的な機械には宿りません。当然のことながら、その結果、風水的にも問題が発生することになるのです。


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